熊本地方裁判所 昭和45年(行ウ)3号〔1〕 判決 1974年4月25日
熊本市花畑町九番九号
原告
西部観光有限会社
右代表者代表取締役
倉重正
右訴訟代理人弁護士
東敏雄
熊本市二の丸一番地
被告
熊本西税務署長
谷脇鷹士
右指定代理人
小沢義彦
同
佐藤義尚
同
村上悦雄
右当事者間の課税処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告
1. 被告が原告に対し昭和四四年六月二六日付でなした。
(一) 原告の昭和四二年七月一日から昭和四三年六月三〇日までの事業年度の法人税更正および重加算税賦課の各決定(但し、訴外熊本国税局長が昭和四五年二月三日付裁決により取り消した部分を除く)
(二) 原告の昭和四〇年七月一日から昭和四一年六月三〇日までの事業年度の法人税更正および重加算税更正の各決定はいずれもこれを取り消す。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告
主文第一、二項と同旨
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
1. 被告は原告に対し、昭和四四年六月二六日付で原告の昭和四二年七月一日から昭和四三年六月三〇日迄の事業年度(以下、単に昭和四二年度という)の法人税につき、原告が経理上仮受金名義で処理していた借入金七七五、五四四円を所得であると認定して、右額を課税所得額に加算し、法人税額を金一三九、六〇〇円と更正し、さらに重加算税金四一、七〇〇円の賦課決定をなした。
2. 被告は原告に対し、前同日付で原告の昭和四〇年七月一日から同四一年六月三〇日迄の事業年度(以下、単に昭和四〇年度という)の法人税につき、原告が帳簿上料理飲食等消費税の未払分として計上していた金九八二、四五〇円を所得であると認定して右額を課税所得額に加算し、法人税額を金二八九、七〇〇円と更正し、さらに重加算税金八六、七〇〇円の賦課決定をなした。
3. 原告は被告の右各処分を不服として、昭和四四年七月二五日熊本国税局長に対し審査請求をなしたところ、原告の昭和四二年度の法人税については、法人税額三一、六〇〇円、重加算税額九、三〇〇円を限度として各取り消す旨の、昭和四〇年度分については棄却する旨の各裁決がなされ、原告はそれを昭和四五年二月三日了知した。
4. しかしながら、被告の右各処分は、次の理由により違法であるから、その取消を求める。
(昭和四二年度法人税の更正決定について)
(一) 被告の前記昭和四二年度法人税の更正決定は、原告の同事業年度法人税の確定申告に対し、金七七五、五四四円が真実借入金であるのに、原告においてその貸主を明らかにできないとの一事をもつて、これを否認し、何らの根拠も示すことなく除外利益であると認定して、なしたものである。
(昭和四〇年度法人税の更正決定について)
(二) 被告の昭和四〇年度法人税の更正決定は、料理飲食等消費税(以下、単に本件消費税という)の未払金九八二、四五〇円を所得とみなしてこれに課税したものであるが、同未払金は、次に述べるように、いわば引当金に類する性格のものであるから、損金に入れられるべきである。すなわち、原告の昭和四一年一月から同年六月までの売上総額は金四三、〇〇九、七一一円であり、原告は同金額を右期間の総売上高として全額熊本県事務所長に申告しているから、右消費税につき、申告ならびに納付すべき額は右金額の一割に相当する額であるのに、原告が右期間の本件消費税として申告、納付した総額は右一割に満たない金二、一二八、六三〇円であつた。そのため、原告は将来右期間の本件消費税に対し、更正処分があるであろうことを当然予期していたので、それを見込んで前記未払金を更正があつた際の支払準備金として計上した。従つて、被告が右未払金を経理上の操作による利益調節として所得と認定し、これを課税所得額に加算して右更正決定をしたのは、これまた所得でないものを所得と誤つた違法がある。
(三) 仮に、右未払金が所得とみなされるとしても、同金員はその後支払の要なきに至つたので、原告において、同金額を昭和四三年度の決算において、帳簿上雑収入として計上した。従つて、昭和四三年七月一日から昭和四四年六月三〇日までの事業年度(以下、単に昭和四三年度という)の法人税で右未払金に対する課税は賦課、納入されている。しかるに、被告は課税年度を異にするとして、さらに前記更正決定をなしたもので、これは同一所得に対する二重課税である。
(四) のみならず、原告は、すでに右未払金を昭和四三年度に雑収入に振り替えて納税を終えているのであるから、いまさら昭和四一年度について増額更正をし、昭和四三年度の過大申告について減額更正をして税金の還付をするが如きことは、大局的税務行政の合理性と公平に適合するものとは到底考えられない。かかる迂遠な更正決定は形式的には適法であつても、実質的には更正権の行使の濫用として違法な処分というべきである。
(各重加算税賦課決定について)
(五) 原告が前記各事業年度の法人税につき、課税の基礎となる事実を隠ぺい、若しくは仮装して過少申告をなした事実は存しない。しかるに、被告は原告に右事実ありとして前記各重加算税を賦課する旨、決定した。
二、請求原因に対する被告の認否
1. 請求原因1ないし3項の事実はいずれも認める。
2. 同4項の(一)の事実中、昭和四二年度法人税の更正決定が原告主張の借入金を否認し、除外利益と認定したことによるものであることは認めるが、その余の点は否認する。同項(二)の事実中、昭和四〇年度法人税の更正決定が原告主張の金員を所得と認定してなしたものであるとの点は認めるがその余の事実は知らない。同項(三)の事実については知らない。二重課税の主張は争う。同項(四)の事実中、未払金を雑収入に振り替え、納税しているとの点は知らない。その余の主張は争う。同項(五)の事実中、被告が原告に対し、その主張の重加算税の賦課決定をなした事実は認めるが、その余の点は否認する。
三、被告の主張
(昭和四二年度法人税の更正決定について)
1. 被告が原告主張の借入金を架空であると否認して、除外利益金と認定した経緯は、次のとおりである。
(一) 被告が原告の同年度の法人税につき、その申告に基づき調査した際、金七七五、五四四円は仮受金名義で入金処理されていたので、担当の熊本税務署(のちに熊本西税務署と名称を変更した。)法人税課職員下田信敬は右仮受金について、その資金の出所を原告会社代表者倉重正らに尋ねたが同人らはこれを明らかにしなかつた。
(二) すなわち、右倉重は、右下田信敬に対し右仮受金は倉重正が老婦人を仲介にして地元銀行の行員から金三〇〇万円を借り、この内から原告に融通したものであると申し述べ、その仲介した老婦人は同人の祖母の倉重のぶであることを明らかにしたが、その後供述を変え、貸主については知らないと陳述した。
(三) そこで、倉重のぶに尋ねたところ、同女は貸主は平田栄であると申し立てたので、平田栄について調査したが、同人は倉重のぶの依頼により金三〇〇万円を貸し渡したが、平田には資金がなかつたので第三者から借りて融資した旨申述し、その借入先については明らかにしなかつた。
(四) しかしながら平田栄には金三、〇〇〇万円の負債があり、同人に何人かが融資するとは到底考えられず、かつ同人は以前倉重のぶより親子同様の世話を受けていた間柄であることを考え合わせると、同人および倉重のぶ、同正らが主張する貸借の事実はたやすく信じられない。
(五) その後、審査請求の裁決に当り、熊本国税局協議官も右仮受金の出所について調査したのであるが、前叙以上の解明はできず、また原告の借受の事実を明らかにする何らの証拠も見出せなかつた。
2. 右調査経過からすると、倉重正ら関係者は資金出所について虚偽の申立をしているものと思料される。
よつて、被告は、右仮受金名義の金員は借入金ではなく、仮装経理による除外利益金と認定した。
(昭和四〇年度法人税の更正決定について)
1. 法人税法上、損金に算入できる税額は原則として、すでに当該事業年度に発生、確定しているものに限られる。そして、原告主張の本件消費税納入債務は更正決定をうけたときに初めて発生し、確定するものであるから、前記未払金を損金に含めることはできない。
ところで、前記未払金の損金算入を否認すると、法人税法第二二条第一項により当然前記未払金の額は所得金額に加算されるから、前述のとおり更正決定した。
2. 法人税は事業年度を定めて、その年度毎に所得を算定し、課税するものであるから、原告が昭和四〇年度の所得に計上すべき本件消費税の未払金九八二、四五〇円を同年度に計上しなかつた以上、被告は当然その部分について課税することができる。原告が右同額の金員を昭和四三年度において雑収入に計上していることをもつて、二重課税というのは当らない。
(各重加算税賦課決定について)
原告が昭和四二年度において金七七五、五四四円を仮受金として、昭和四〇年度において金九八二、四五〇円を本件消費税として各損金に計上したことはいずれも課税標準等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい、仮装し、その隠ぺい、仮装したところに基づき納税申告書を提出したものであるから、被告は原告に対し、前記各重加算税の賦課決定をなした。
四、被告の主張に対する原告の反論
(昭和四二年度法人税の更正決定について)
被告が原告のなした確定申告の一部を否認し、除外利益ありとして更正決定をなすには、法人税法第一三〇条、第一三一条の規定の趣旨に鑑み、具体的に除外利益と認定した根拠、すなわち、帳簿又は伝票その他に基づき、いつ、いかなる取引上の利益が除外され、隠匿されたかを主張、立証すべきである。しかるに、被告は何らそれを明らかにすることなく、原告が右借入先を明らかにしないことの一事をもつて、前記借入金を否認し、それを除外利益と推定したが、このように、除外利益の発生原因を具体的に指摘することなく、除外利益と認定し、課税することは、青色申告につき法の禁じた推計課税をなしたものというべく、青色申告の承認の取消のなされていない本件においては許されない。
第三、証拠関係
一、原告
1. 甲第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし二一、第七号証の一、二、第八号証を各提出。
2. 証人和田正明の証言を援用。
3. 乙号各証の成立はすべて認める。
二、被告
1. 乙第一ないし第九号証、第一一号証ないし第一四号証、第一〇、第一五、第一六号証の各一、二を各提出。
2. 証人桜井芳喜の証言を援用。
3. 甲号各証の成立はすべて知らない。
理由
一、請求原因1ないし3項の事実は当事者間に争いがない。
二、昭和四二年度法人税の更正決定の適否について
1. まず、原告が仮受金名義で入金処理している借入金七七五、五四四円が借入金であるかどうかについて判断する。
成立に争いのない乙第一ないし第七号証、第一一ないし第一四号証および証人桜井芳喜ならびに同和田正明の各証言を総合すると、次の事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠は存しない。
(一) 被告法人課職員下田信敬の調査に対し、原告会社代表者倉重正は、「右金七七五、五四四円は原告会社ならびに訴外有限会社クラブ優雅(代表取締役倉重正)の料理飲食等消費税納付のため、振出した手形の支払に充てるための借入金三〇〇万円の一部であり、右貸借は倉重のぶの仲介で借り受けたので貸主は知らない。」といい、次に、右倉重のぶは、「右三〇〇万円の貸借を仲介したことはあるが、その借主は平田栄である。」と述べ、さらに、平田栄もまた、「右貸借の存在を認めるが自分には資力がないため右三〇〇万円は他から借り受けて融資したものである。」と述べ、その借入先については明らかにせず、かつそれを明らかにできないことにつき、何ら首肯しうるに足りる理由を述べない。
(二) ところで、平田栄は、土木建設を業とする倉重組の元専務取締役であり、倉重組の経営者と右倉重正とは親族関係にある。また同人は倉重正の祖母である倉重のぶと親子同様親密な間柄にある。また、平田栄自身、右貸借当時約三、〇〇〇万円の負債を有しており、さらに、金三〇〇万円もの融資をうけられる状況にはなかつた。
(三) さらに、右貸借名義に伴う利息の支払ならびに元本の返済のためとして、原告会社又は同族関係にある和光観光有限会社が振出、裏書した小切手および手形が用いられているが、これらの支払は現金でなされて、手形、小切手が回収されているので、これによつても、貸借の存在および貸主の所在ならびに支払われた現金の行方も判明しない。
以上のように認められる。
2. 右認定の事実関係からすれば、被告が原告主張の借り受けの事実を否認したことは一応合理的と考えられるから、原告において反証を挙げなければ、前記金七七五、五四四円を昭和四二事業年度の損金に算入することはできないものといわねばならないところ、原告挙示の甲号各証および証人和田正明の証言によつても、前記認定を左右するに足りない。
そして、右損金算入が否認される以上、右金額は当然右年度の所得額に加算されるから、被告が前記のとおり、原告の昭和四二年度法人税の確定申告所得税に右額を加えて更正したことに違法は認められない。
3. ところで原告は、青色申告にかかる本件の場合、被告が、右金七七五、五四四円につき借入金を否認しただけで除外利益の発生源泉を明らかにせずに課税所得と認定することは法人税法第一三〇条、第一三一条に照らして許されないと主張する。
しかしながら、当該年度法人税の課税標準たる所得額は同年度の益金の額から損金の額を控除して算出されるのであるから、貸借対照表上の負債科目で税務会計上、損金に仕訳、算入された勘定科目が一部否認されれば、それによつて所得額は変動し、除外利益が算出される筋合である。したがつて、青色申告の場合においても、被告において必ず個々の所得の具体的発生源泉を指摘、立証しなければ更正処分をなしえないと解する必要はないものというべく、また、特定の損金勘定が否認された結果、課税標準となる所得額が増加する場合においては、課税標準算定の根拠が明らかであるから、法人税法第一三一条にいう「課税標準の推計」には当らないと解するのが相当である。
よつて、原告のこの点に関する主張は採用できない。
三、昭和四〇年度法人税の更正決定の適否について
1. 被告の昭和四〇年度法人税の更正決定が原告主張の料理飲食等消費税の未払金九八二、四五〇円を所得とみなして、これに課税したものであることは、当事者間に争いがない。
2. ところで、原告は右未払金は引当金に類するから損金算入が許さるべきであると主張するので考えてみるのに、法人税法第二二条によれば、損金に算入されるべき債務は、原則として、当該事業年度終了の日までに発生、確定していることを要し、ただ、特定のものに限つて将来の支出に備えるための引当金、準備金を設けることを例外的に認めているのに過ぎないところ、原告主張のいわゆる租税支払のための準備金は、将来更正処分が予想されるにすぎない金額であり、また法定の引当金、準備金に当らないものであることが明らかであるから、これを昭和四〇年度法人税の損金に算入することはできないものといわねばならない。したがつて、右金員は原告申告の所得額に加算さるべきものであるから、被告において前記の増額更正をなしたことには、何ら違法は存しないというべきである。
3. 次に、原告は、右九八二、四五〇円に対する課税はすでに昭和四三年度法人税の申告において納入済であるから、本件更正処分が是認されれば、原告は二重課税をうけることになるのみならず、もし、昭和四〇年度について増額更正をし、昭和四三年度において減額更正をするというのであれば、かような更正処分は更正権の行使の濫用として違法であると主張するので、この点につき判断する。
(一) 証人和田正明の証言により真正に成立したと認められる甲第六号証の二〇、二一、第七号証の一、二および同証人の証言ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は昭和四一年六月右金九八二、四五〇円を昭和四三年七月から昭和四四年六月までの総勘定元帳の勘定科目「雑収入」中に料理飲食等消費税名義で計上し、右金員を昭和四三年度の法人税確定申告の所得額中に加えて、すでに納税を終えている事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
(二) 従つて、右事実によれば、原告は昭和四三年度の法人税申告において過大申告し過納しているものというほかないが、原告は右年度における減額更正の請求等の手続を踏むことにより、過誤納金の還付をうける余地があるのであるから、二重課税との原告の主張は当らない。のみならず、原告の更正権の濫用の主張は、結局のところ、昭和四三年度の法人税につき、減額更正処分がなされることを前提に本件更正処分の取消を求めるというに帰するところ、もし仮に、原告の主張に従つて、課税官庁がそのような取扱をなすべきものとすれば、納税義務者が納税義務を自己の都合により事業年度を異にして、過少申告したり、過大申告したりして課税対象を恣意的に操作することを許容することになるおそれが生じるものというべく、したがつて、かかる主張に理由がないことは明らかである。
4. 以上のとおりであるから、被告において右金員を原告申告の所得額に加算して前記の増額更正をなしたことについては、何ら瑕疵は存しないというべきである。
四、昭和四二年度および昭和四〇年度の各法人税についてなされた重加算税の賦課決定について
前記認定の事実と証人和田正明の証言および弁論の全趣旨によれば、原告が、昭和四二年度の法人税の申告につき、帳簿上金七七五、五四四円を仮受金名義(原告は借入金と主張)で入金処理して損金に計上し、また、昭和四〇年度の法人税の申告につき、原告が未だその納入債務も発生していない金九八二、四五〇円を料理飲食等消費税の名目で右年度の租税公課勘定に計上し、損金処理したことは、いずれも原告において法人税を一部免れるため、故意に経理上の操作を行なつて税額の基礎となるべき事実を隠ぺい、仮装し、その隠ぺい、仮装したところに基づき、確定申告したものと推認される。
したがつて、被告の原告に対する右各重加算税の賦課決定には、何ら違法は認められない。
五、よつて、原告の本訴請求は、いずれもその理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 糟谷忠男 裁判官 中野辰二 裁判官原昌子は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 糟谷忠男)